2

                                                      作:おどぷー

--------------------------------------------------------------------------------------

岩倉統仁(49)雅代(35)隆史(18)

--------------------------------------------------------------------------------------

(表紙:1ページ目)本屋の店先、漫画雑誌「少年太陽」のノボリが立っている

雑誌を握り全力疾走の隆史。家に駆け込み、

「先生!先生!」

編集者の前で立ったまま雑誌を広げ、誌面を睨みつける岩倉統仁。

「くだらん!」

雑誌を投げ捨てる岩倉。びびる隆史と編集者。お茶の載ったお盆を持って立ち止まりちょっと驚く岩倉の妻雅代。

 

昭和○○年春、檜河康二朗作「光の世界」第三話が、漫画雑誌「少年太陽」に掲載された。

その19頁にて主人公「健太」の起こした呆けに対し、「健太」の相棒犬「コロ」は敢えて5頁後の24頁に突込みを入れた。

このかつてない表現方法は作者による実験的な試みのひとつだった。

これを皮切りに、他の漫画家も各々の考える従来にはない新しい手法を続々と誌面に登場させた。

難解または意味不明とも思える作品もまた巷に溢れ返った。

しかし、漫画業界においては必ずしも好意を持って受け入れられたわけではない。

漫画における叙情的表現を追求する「夕映え派」、写実的表現に重きを置く「枯草会」、また漫画評論に関わる人々、はたまた出版社、読者まで、賛否をめぐる様々な議論が巻き起こった。

時・場所を問わず議論は白熱し、声高に意見を主張するものは凶弾の標的にもされた。

各新聞は「呆け突込み伍頁騒ぎ」として連日その動向を伝えた。(新聞記事等)

 

世に言う「呆突伍事件」である。(ぼつごうじけん)

-----------------------------------------------------------------------------------------

【ここから、隆史によるナレーション。】または状況説明。

【暖かくなり、僕らは3人で出かけた。】

桜が満開の桜田川の土手。花見客もちらほら。

岩倉・雅代・隆史の3人もその中にいた。

隆史「いいときに時間がとれましたね。週末までが見頃らしいですよ。」

遠くを見つめていた岩倉が口を開いた。

「伍頁騒ぎはあいかわらずのようだな。隆史、おまえはどう思うんだ。」

「もう!」弁当を広げながら雅代がつぶやいた。

「えっ、あっはい、、、んーと、、、どんな手法も試してみる価値はあると思います。

ただ、それが話の展開にどう影響するかが問題だと思います。」

「あなた、今日は花見に来たんですよ。はい!」

雅代が岩倉にお酌をした。

「隆史も飲め。」

「えっいや僕はまだ、、、」

「いいじゃない隆史さん、はい!」

「あっどうも」

「雅代のお酌は高いぞ、はっはっはっはっ」

「もう、何言ってんの。ねえ隆史さん。」

「あはははっ、いただきます。」

----------------------------------------------------------------------------------------

【先生がいなくなったのは それから2日後のことだった。

タバコを買って来ると言ったまま、先生は消えてしまった。

郵便受けにメモだけを残して、、、 】

「しばらく旅に出る 統仁」

【雅代さんは部屋に閉じこもり、その日1日出てこなかった。】

 

翌朝。

「さぁ朝ですよ!」

雅代が元気に隆史を起こす。

食卓には3人分の朝食が並んでいた。

「先生、、、どこ行ったんでしょう、、、」

「さあ、どこ行ったんだか。昔から突然思い立つ人なんだから、ねぇ。」

雅代は笑顔を見せて、ご飯を目一杯口につめこんだ。

【翌日から食事は2人分だけが並ぶようになった。】

----------------------------------------------------------------------------------------

----------------------------------------------------------------------------------------

16年後 岩倉統仁(65)雅代(51)隆史(34)

ペル(女アシ26)サキ(お手伝い36)田中(編集者35)

----------------------------------------------------------------------------------------

昭和○○年。

【僕は先生の家に残り、創作活動を続けていた。】

岩倉家の仕事場。

隆史とペルが漫画を描いている。「ペルちゃん、コレ。」「はい。」

「はい、一丁あがり!」

隆史は田中(編集者)に原稿を渡した。

「玉稿いただきます。先生、先月号の評判よかったですよ。」

「そうですか、結構結構。」

「あとですね、今度ウチから新雑誌出るんですよ。それで景気付けに先生に一発描いていただきたいなみたいな話しも、まだ細かいこと決まってないんですけどね」

「ほう!」

「あとこれ、先生がシルクロードの資料が欲しいっておっしゃってたんで」

3冊の本を渡す編集者。

「ああどうもすいません、助かります。」

「それじゃ」

「おつかれさまです。」

写真集をパラパラめくる隆史。1枚の写真で手が止まる。

「んん?、、、、、、、、あっ、、、、、、ええっ!」

お茶を運んでくる雅代の横を駆け抜ける隆史。

「隆史さん、お茶。」

「ちょっと出てきます!」

公衆電話をかける隆史。

「、、、はい、写真を撮った方は、、、、はい、、はい、、」

----------------------------------------------------------------------------------------

その日の夜、食卓の隆史と雅代。

「これ見てください。」

隆史の差し出す写真集の1ページに見入る雅代。

「えっ、まさか、、、あの人?」

「右頬のホクロが見えるでしょう? その写真を撮った人に確認しました。

撮影したのは2年前、場所は中国の新疆ウイグル自治区のウルムチ、彼は日本人で、現地では『トージ』と呼ばれているそうです。」

「どういうこと? なんでこんなところに? 何をしてるの?」

「僕が行ってきます。本人なら必ず連れ戻します。」

雅代は信じられないという表情で写真を見つめ続ける。

----------------------------------------------------------------------------------------

(隆史、現地へ移動する。 日本→中国→ウルムチ市街)

----------------------------------------------------------------------------------------

市街で片言の日本語を話すガイドを見つけ、バスで一緒に東部へ広がる山間部へ入る。

----------------------------------------------------------------------------------------

バスを降り、徒歩で山を登る隆史とガイド。

山道はやがて険しい獣道に続いていく。

山奥に立つ一軒の山小屋。

岩倉がまきを割っている。

「先生! 先生ですよね!」

「?、、、、」

「僕ですよ、隆史です。」

「おお、隆史か! どうした?こんなところへ」

「どうしたじゃないですよ!何やってんですか!みんな心配してますよ!」

【先生は見せたいものがあると、僕らを山中へ案内した。】

道なき道をしばらく進み、やがて視界が一気に開けた。

垂直に切り立った巨大な岸壁に沿い、高く組まれた足場。

岸壁には漫画が何十頁分も刻みこまれている。

「これは!」驚く隆史。

岩倉が語り出した。

「この世でもっとも優れた記録方法が何かわかるか?」

「?」目を丸くする隆史。

「石板だ。石板は何百年、何千年とその情報を未来へ伝えていく。

雨が降ろうと嵐が来ようと石に刻んだ知識は人間の寿命を超えて永遠に存在し続けるんだ。どうだ、すごいだろう。」

「えっ、、、これを作ってたんですか?あれからずっと、、、」

「日本ではつまらんことで大騒ぎだ。そんなところで本当の作品は作れん。

わしの頭に生まれた一世一代の物語を語るには、そして残すには、こうするしかなかった。」

「、、、、、」口を開き岸壁に見入る隆史。

【日本を出た先生は制作場所を求め、大陸を放浪した。

そして13年前、この岸壁を見つけた。

人里離れた山奥で人に邪魔されることなく先生は制作に没頭した。

自給自足の生活で、果物を採り、ネズミを喰い、やがて畑も作った。

雨風に耐え、たった一人で作業を続けた先生の作品は、142頁のうち現在107頁まで制作済みだという。

僕は最初の頁から全て読んでみた。

それは岩倉統仁の集大成とも言うべき傑作だった。未完成ではあるが弟子である僕には十分それが伝わった。

先生は本気だ。この作品に命をかけている。】

、、、

【しかし、このまま先生を置いていくわけにはいかない。

僕は先生を連れ戻すために来たんだ。】

----------------------------------------------------------------------------------------

夜、岩倉の山小屋。

食事が終わり、食器の並ぶテーブルで酒を飲む3人。

「先生、一緒に日本へ帰りましょう。」

「まだ作品が完成しとらん。わしはあれを完成させねばならんのだ。」

「先生が心配なんです。先生の御年では完成までお体が持ちません。

しかもこんな山中に一人なのですから、何かあったらと思うと、、、」

「男にはやらねばならんときがあるんだ。」

「雅代さんも本当に心配してるんですよ。持病の○○○○だって決していい状態ではないんです。僕が先生を連れて帰ることを首を長くして待ってるんです。」

「、、、雅代、、、、、、」

「雅代さんのためにもお願いします。」

しばし沈黙。

「雅代のことは、お前には関係ない。」

(なにっ!)という表情の隆史。そして激怒。

「関係ないってなんだよ!

僕だって雅代さんのことは実の母のように思ってるんだ!

あんたなんかよりずっと雅代さんのことを心配してるんだよ!」

立ち上がり、岩倉を睨みつける隆史。

岩倉はテーブルに右肘をつき頭をのせ、上半身をひねり、隆史に後頭部を向け、壁を見つめる。

驚く表情のガイド。

夜は更けていく。

----------------------------------------------------------------------------------------

翌朝、ガイドとともに下山する隆史。一人見送る岩倉。

(完成したら必ず戻る)

【先生はそう言って、山に残った。】

----------------------------------------------------------------------------------------

列車の窓から外を眺める隆史。

「雅代さんになんて言おう、、、、」

正面の席に座る幼い兄妹(クイロとプーリ)と目が合う。

(ゴトン、ゴトン)遠ざかる列車。

----------------------------------------------------------------------------------------

家に戻り、玄関に立つ隆史。

「ただいま。」

奥から笑顔で駆け寄る雅代。一人の隆史を見て一瞬顔が曇るがまた笑顔。

「おかえりなさい。さぁさぁお疲れでしょう。」

立ったまま下を向き、一歩も動けない隆史の後ろ姿。

【雅代さんはお風呂を沸かして待っててくれた。】

湯船に浸かる隆史。

部屋で雅代に報告をする隆史。

「先生の意志はかたくて、、、」

「あの人らしいですね。」

「手紙を預かってきました。」

(雅代へ)と書かれた手紙。

【何が書いてあるのか、僕は知らない。

雅代さんは手紙を持って自分の部屋へ入った。

雅代さんを一人にしてあげたくて、僕はタバコを買いに行くといってすぐに家を出た。】

----------------------------------------------------------------------------------------

【雅代さんは何度も先生に手紙を出したが返事は来なかった。

僕は現地ガイドの○○さんに手紙を書き、ときどき先生の様子を手紙で伝えてもらった。】

笑顔で手紙を読む雅代。

、、、

----------------------------------------------------------------------------------------

【そんなある日、○○さんから何度目かの手紙が届いた。

ウルムチ周辺で大きな地震があり、先生は作業中に亡くなったそうだ。

作品を刻んだ岸壁は粉々に崩れさったらしい。

先生の遺体は本人の遺志通り、現地に葬られたという。

この手紙が届いたとき雅代さんは外出していた。

先生が帰ることを楽しみにしている雅代さんに、僕はどうしても手紙を見せることができなかった。先生とともに、あの遺作もこの世から消えてしまい、それは僕の記憶の中だけに残った。】

----------------------------------------------------------------------------------------

布団で横になっている雅代。診察する医師。隆史とお手伝いさん(サキさん)。

帰り際、医師と話す隆史。

【雅代さんの病気は深刻だった。】

「そんなに悪いんですか。」

「なるだけ早く手術されたほうがいいですよ」

----------------------------------------------------------------------------------------

その夜、雅代を説得する隆史。

【費用は僕が持ちますと、雅代さんに手術を受けるように勧めた。】

「隆史さん、あなたには永らくお世話になっています。

でもあなたとわたしはなんの血の繋がりもない間柄。

岩倉に頼るならまだしも、これ以上あなたにご迷惑をあかけすることはできません。」

「いや、でも」

「女にも意地というものがあるのです。」

「、、、、、」

【何も言えなかった。】

部屋を出る隆史。唇に力が入る。

「まったく、、、、、先生も先生なら雅代さんも雅代さんだ、、、」

----------------------------------------------------------------------------------------

翌日(昼間)、庭に入ってきた編集者田中、

「先生、新雑誌の掲載枠決まりました。50頁を3ヶ月連続です。

単行本化が前提です。どっどうですか?描いて頂けますか?」

「50の3、、150ページか、、、、」

ちょっと考えて、はっとする隆史、上を向き、またすこし考えた後、

「うん!」大きく振り向いて、

「原作付きでもいいですか?!」

----------------------------------------------------------------------------------------

雅代の部屋、雅代と隆史。

「雅代さん、先生がまだ戻られないのに、こんなことを言うのはおかしいのかもしれませんが、、、

じつは、今度の仕事で先生が岸壁に描かれたあの話を原作として使わせていただきたいのです。

先生ももうお年なので、今戻られても以前のように原稿を描かれるのは難しいかと思われます。

あの作品がが陽の目をみないのは私としても非常に残念だと思いますので、、、

今現在、先生に連絡がとれない状況でもあり、

なんとか、雅代さんのお許しをいただければと思いまして、、、」

しばし沈黙。

「、、、、、最近ね、あの人がよく私の夢枕に立つんです、、、、」

(えっ!)という表情の隆史。

「悲しそうな顔をして『すまない、すまない』って何度も畳に額をこすりつけて、、、」

(わかってたんだ!)驚く隆史。

、、、、、、、、、

「隆史さん、あなた、岩倉の一番弟子よね。

私には漫画のことはよくわかりません。あなたに任せます。」

「はっはい、ありがとうございます。」

(ドカドカッ)肩を張り、廊下を力強く歩く隆史。

「よぉーし、よぉーし!」

(ザッ!)仕事部屋のふすまを勢いよく開ける。

雑誌を読みながらタバコを吸ってたペルちゃん(アシ)、驚く。

「ペルちゃん、戦(いくさ)だぞ!」

(ドサッ)座布団に座る。

「よぉーし!」

ペンを握り、ペルちゃんを見つめながら「魂入れて描けよ!」

両手を空に広げて、「来い来い、神、来い!オレ以上のナンカ、来い!」

サキさんがビックリしながら廊下から部屋を覗いている。

寝ながら微笑む雅代。

家全体を斜め上からの構図。

「よぉーーし!」(ガチャ)「あっ先生、インク!」「よぉー、、、、うわっ!」

「サキさん! 拭くの、ナンカ拭くヤツ! うわー!」

----------------------------------------------------------------------------------------

(漫画誌面 タイトル:翼 原作:岩倉統仁 作画:岡原隆史)

【原稿が上がった時点で出版社に無理を言い、原稿料と一緒に、単行本の印税の前借りをさせてもらった。

とにかく雅代さんを説得した。

なんとか雅代さんは原作料を受け取ってくれた。】

----------------------------------------------------------------------------------------

手術が終わり、退院の日。病院の庭で雅代の車イスを押す隆史。

満開の桜樹が並び、薄桃色の花びらが舞っている。

「入院するときはまだつぼみだったのに。」

「先生と行った桜田川はもう見ごろですね。」

立ち止まり桜を見上げる隆史。

ふと雅代を見ると、目を閉じ、かすかに頭を左に傾けている。

(あ)気づいた隆史。

雅代の横に寄り添い、手を重ね、頭を寄せる岩倉がいた。(外見は昔のまま)

静かに桜の舞い散るなか、あの日の春がぼくらをつつんでいた。

 

                               完 (2009年5月6日作成分)

 

 

 

 

 

 

書いちゃうへ戻る

 

トップへ戻る